海外留学中の内定までの道のり

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きっかけから入塾まで

●きっかけ

新卒で入社した企業を退職し、米国ビジネススクールに留学中。 前職は、新卒の就活を甘くみていて、大学4年後期に片っ端から受けまくってやっと引っかかった会社。 その反省もあり、社会人経験ありの就活は何をどのくらいやればいいのか ペースメ―カー的な存在を期待して問合せしました。

●初回面談

5月初旬。前職の話や、辞めた理由、学部時代の研究などについて話しました。

●初回面談のあと

必修セメスターの課題や帰国予定があったので待ってもらい 入塾手続をして指導が始まったのは5月下旬でした。

●入塾

ビジネススクール1年目が終わった5月。修了見込みのちょうど1年前です。

■サポート開始

●指導初日

一時帰国した翌日からミーティングしました。 履修科目や就活オンライン講座の6大テキストづくり、 レジュメ、職務経歴書、東京サマーキャリアフォーラム(CF) とか一気にはじまりました。

●指導ロードマップ

指導ロードマップ

就職活動日記

●5月

・5/4問合せ
・5/6初回面談
・一次帰国
・5/27入塾後初ミーティング

指導情報の数値

●6月

・東京サマーCFの準備
(レジュメ、履歴書、職務経歴書、面談、面接)
・6/25-26東京サマーCF20社応募&ブース訪問
・発熱で寝込む

指導情報の数値

●7月

・東京サマーCF選考に入ったのは7社
・WebテストNG_3社。落ち込む。
・面接NG_1社。
・最終面接には入社覚悟で、という会社は辞退。
・ES通過後に「経験者採用」に案内された2社。

指導情報の数値

●8月

・寮を変わるため引越し。
・転職エージェント経由の求人に対応。
 スカウトで「ぜひ」みたいな話だったのに、  面接した結果「スペック不足」と言われる。
 それは書類でわかったのでは。

指導情報の数値

●9月

・ボストンCF応募開始2社応募
・1社ES通過→WEBテストNG
・1社ESでNG
・エージェントに登録3社
・貴重品置き忘れて警察へ。

指導情報の数値

●10月

・ボストンCF応募22社
・WEBテスト通過するようになってきた
・OLカジュアル面談後にボスキャリで面接に案内。
 ボスキャリ期間中の食事のお誘いあり。
・ボスキャリの予定(10月末時点)

(木)午後授業あり
(金)移動 ボストン着16時
(土)10:00 A社(保険)一次面接
     11:30 B社(商社)一次面接
13:10 C社(製造)一次面接 
14;30 D社(製造)現地採用面接
16:00 E社(製造)一次面接
夜の会食 C社(製造)@レストラン
(日)10:00 F社(IT)面接
   11:30 G社(IT)現地採用面接
   15:00 ブースクローズ

進行中
I社(IT)
J社(IT)
K社(IT)一次面接 日程待ち
L社(IT)
M社(IT)
N社(製造)(金)の日程リスケ依頼
O社(IT)
P社(IT)

指導情報の数値

●11月

・ボスキャリ
A社一次の後、その日のうちに二次>最終とトントン拍子に進んだ。 おかげで完璧だった予定がひっちゃかめっちゃかになった。 しかし最終面接で不合格。これは悔しい。

(土)10:00 A社(保険)一次→二次→最終NG     11:30 B社(商社)一次面接→NG
13:10 C社(製造)一次面接→夕食 
14;30 D社(製造)現地採用面接→CAN。A社二次面接
16:00 E社(製造)一次面接→CAN。A社最終面接NG
夜の会食 C社(製造)全部で6人→内定

(日)10:00 F社(IT)面接ではなく説明と面談だった
   11:30 G社(IT)現地採用面接→ほぼ内定→面談11/20
   15:00 ブースクローズ・日米の2社からオファー(内定)。
 憧れのアメリカで働く?どの国で働くか悩む。

指導情報の数値

●12月

・定期テストと課題のため勉強に集中
・クリスマス休暇で日本に2週間帰国

指導情報の数値

●1月

・日本で気の許せる友人と遊んだ
・大量の日本食を詰め込んだスーツケースとともに  アメリカに戻った時「日本が好きだ」と痛感した。

指導情報の数値

●2月

・人材紹介エージェントからQ社(世界4大会計事務所の1つ)の求人紹介あり。
オンライン面接2回+Webテストうけて内定。ビジネススクールの経験も活かせるので承諾。 ・NYの会社の内定は辞退

指導情報の数値

就職活動のまとめ

     

●応募企業

・東京キャリアフォーラム20社
・ボストンキャリアフォーラム22社
・内定 アメリカ勤務1社 日本勤務2社

●サポート内容

指導情報の数値

●就活の勝因

ビジネススクールの課題と並行して就活(転職活動)したこと につきると思います。確かに大変でしたが、 内定をもって帰国できたので家族も喜んでくれました。

●後輩にアドバイス

・勤務地について ビジネススクールだったこともあり、自分の周りはみんな野心的でアメリカで働くことを良しとするきらいがあった。 最後は周りのことは気にせず、自分の中にある軸と向き合うことになった。
・ボスキャリについて 同じCFでも東京とボストンは全然違う。ボスキャリは3日間参加すべし。日曜午後は閑散としてた。 ボスキャリは事前選考が済んだ人のための面接会場。イベント前アポをどれだけとれるかが勝負。
・面接官について 面接官との考えが合うかどうか、で会社を判断しないこと。 面接官が会社の全てではないから。自分の仕事の影響、国、製品がどこなのか、を意識して聞くこと 否定から入れば悪いとこしか見えないし、期待すると悪いところが見えない。
・人材紹介エージェントについて 彼らは求人をもっている会社。応募書類をバラまいてくれるが、書類の添削や面接練習まではしてくれない。 入社しないと報酬は得られないので、客観的・中立的な意見は言えない。 「どんどん応募」と言ってくるが、エージェント経由で応募したら個人応募はできないルール(半年)なので ばらまき応募はしない方がいい。

●就活を振り返って

ボスキャリまでのペースメイクとしては塾にお世話になってよかったと思っています。授業の課題も就活も両方やらなくちゃ、と思えたので。 ボスキャリで2社(アメリカ勤務と日本勤務)の内定をもらってから、決めるまでにはやっぱり迷って時間がかかったのは自分の性格だと思います。

内定が決まった今だから言えるのは、退職して留学したのは逃げだったかもという負い目が自分の中にあって、それが壁になっていたということです。 面接で、「退職の理由」や「留学の目的」を話すのが正直苦痛でした。 負い目、とか苦痛、とかいう感情は面接官にも伝わるみたいで、あっさり落ちていました。 そこで何度も練習して物語として上手く言えるようになったら内定が出ました。

●担当アドバイザーが分析する『本当の勝因』

指導情報の数値

ビジネススクールの膨大な課題に追われながらも、キャリアフォーラムやエージェントも活用し、 自身の可能性を幅広く検証し、「仕事の軸」について何度も話し合いました。 その中で、最終的に「自分の中の根っこ」にある声にしっかりと耳を傾けられたこと。 それこそが、彼の本当の勝因です。 当初は米国での就労(OPTやH-1B)の可能性も模索していましたが、 最後の局面で、ふっと「やはり日本が好きだ」という本音に素直になれたことが一切の迷いを無くしました。 世間の評価ではなく、自分の本質的な価値観に向き合って下した決断だからこそ、 納得がいく結果を手に入れられたのだと思います。

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